「私は京都市内の出身なのですが、子どもの頃はしょっちゅう光化学スモッグ注意報が発令されていたし、田んぼや周囲の畑もつぶされて次々とマンションや工場の建設地になっていくのを見て育ちました。だから、むしろ田舎での生活は憧れだったのです。ここでは、近所のおばあちゃんに畑仕事を教わる日々で、それが楽しいです。」京都を活動拠点に演劇を上演してきたトリコ・Aプロデュース主宰の山口茜さんは、二〇一〇年より京都市内の家と和知町の借家を往復する二重生活をはじめた。 二〇一一年九月に開催された「和知の収穫祭」は、山口さんが和知に滞在しながら書き下ろした演劇作品。和知人形浄瑠璃の演目・長老越節義之誉(ちょうろうごえせつぎのほまれ)をモチーフに、和知・下粟野にある国指定重要文化財の明隆寺観音堂(室町時代建立)で上演された。公演当日、会場の観音堂には地元の人たちを含む老若男女さまざまな世代の人たちが観劇に訪れた。
 町のほとんどが山林という京丹波町和知。「私には、これといって何もない、それがかえって魅力的に思えます。夜は真っ暗だし、ひとつの物音、動物の鳴き声だけでも驚いてビクッとするのです。静かすぎるほど静かなのも、見たこともない虫や四季折々の植物を目にするのも新鮮な感覚。」と山口さんは言う。和知では創作活動にあたってインスパイアされるものも多いようだ。和知での長期的な活動についてはまだ具体的な計画はないというが、山口さんと地元の人々との関係は少しずつ深まっている様子。「最近では、留守にしていると、畑仕事を教わっているおばあちゃんから“いつ帰ってくるの?”と電話を頂くこともあるのです。」それまでになかった新しい関係や発見が和知での静かな生活のなかにある。山口さんの今後の創作活動にも期待したい。

大京都アーカイブ