高川和也×堀内奈穂子《Negapedia(仮)》
ゲストキュレーターとして参加した「大京都 2017 in 舞鶴」のアーティスト・イン・レジ デンスにあたり、招聘アーティストとして高川和也を選出した。高川は 2017 年 9 月 12 日か ら 10 月 6 日まで約 1 ヶ月舞鶴に滞在し、10 月7日から 11 月5日まで、発表期間としてそ のリサーチ過程を展示した。滞在期間以外にも、かつて軍港であった舞鶴の歴史や文脈に触れ ながら、いかにその要素を新たな作品として展開できるか議論が重ねられた。 高川は、主に映像やテキストを中心とした作品を制作している。作品の多くは、自己と他者の 境界線を主題とし、他者の経験や思考を自己に取り込むことや、内在する他者を見出すことに ついて、哲学や精神医学の思考や歴史を参照しながら制作している。自らの心理実験とも捉え られるそうした作品を通して、刻々と変化し、実際は曖昧なものに過ぎない不可思議なアイデ ンティティの輪郭を映し出している。過去の映像作品《ASK THE SELF》においては、高川に なりきった心理カウンセラーに数ヶ月間に渡ってカウンセリングを受け、自分自身と対話する 記録を通して、自己を客体化しながら解体することを試みた。 舞鶴の滞在では、アジア・太平洋戦争時代に国内屈指の火薬工場を有した同地の文脈に着目 し、旧日本海軍第三火薬廠の歴史や、かつての学徒であった人々の手記を紐解きながらリサー チを展開した。旧日本海軍第三火薬廠は、船岡 ( 第一 )、平塚 ( 第二 ) と並ぶ大規模な爆 薬 ・炸薬の製造工廠で、1945 年の終戦時には、職員 164 人、男子工員 2,515 人、女子工 員 1,076 人、動員学徒 1,209 人、計約 5,000 人もの人々が火薬の製造を行なった。 現在は廃墟ファンなどに「ロシア病院」と呼ばれ、幽霊スポットとしてウェブサイト上に掲載 されている。舞鶴におけるその他の海軍の建設物や、戦後主に旧満洲や朝鮮半島、シベリアに 残された引揚者・復員兵を迎え入れた引上港としての歴史の紹介とは異なり、廃墟となった旧 日本海軍第三火薬廠は木々の茂みの中でひっそりと佇み、その歴史を知る者も少ない。
旧日本海軍第三火薬廠について聞き取りを重ねるうちに、高川は、『住民の目線で記録した 旧日本海軍第三火薬廠』や舞鶴空襲に関する証言を本にまとめている「戦争・空襲メッセージ 編さん委員会」の関本長三郎氏と出会う。手記には、第三火薬廠で働いていた人の証言や、若 かりし学生だった時に権力からの監視のもとで書かれた日記、あるいは日常への視点が切り取 られている。そこには、彼らが体験した戦争から導かれる国家や共同体意識や生々しい記憶、 また、「絶望」を乗り越えるために振り絞った言葉が並んでいる。こうした他者、あるいは過 去の人々の声を、戦争を体験していない世代はどのように自己のこととして追体験することが できるのか。また一方で、戦争に限らず、現代における格差や差別、孤独、喪失、怒り、無力 感の中から紡ぎ出される言葉や叫びは誰しも抱えている。それならば、こうした要素を折り重 ねることによって、時間軸が異なる「絶望」をどのようにして身近な感情として自己の中に取 り込みながら客体化できるのか。高川は、こうした構想において、ヴィクトール・フランクル の「夜と霧」を参照している。アウシュヴィッツ強制収容所から奇跡的な生還を果たしたユダ ヤ人であったフランクルは、精神科医として強制収容者としての自分を分析し、その壮絶な体 験や、過酷な環境の中、囚人たちがどのような状況に絶望し、何に希望を見い出したかを克明 に記録している。収容所という絶望的な環境の中で先が見えない不安の中、自己と他者を冷静 に客体視することで人間の“生きる意味”を探り、記録した。 高川も今後、舞鶴に限らず、様々な場所、世代、体験から生まれる絶望に耐えるための言葉を 収集することで、自己や人々の中に複雑に内在し、重なり合う戦後や権力、国家を映し出すこ とを試みる。その最初の制作の取り組みとして、舞鶴滞在においては、関本氏の協力を得なが ら、元工廠動員学徒であった森田重信氏、小坂光孝氏にインタビューを行った。
発表期間の際には、大波上集会場を会場に、森田氏、小坂氏のインタビュー映像とともに、 『住民の目線で記録した旧日本海軍第三火薬廠』から抜粋したテキスト、旧日本海軍第三火薬 廠の地図や資料、また、《ASK THE SELF》も並列し、その制作過程を展示した。また、あい にくの大型台風により、一般公開は行えなかったが、関連企画として非公開で高川、関本氏、 小坂氏、森田氏、キュレーターによる対談も行った。そこでは、埋もれた歴史であった旧日本 海軍第三火薬廠の記録を作品の一部として扱うことの重要性、また、アートの表現を通してこ れまでとは異なる文脈で伝達されていくことへの期待も見られ、有意義な議論となった。対談 後には、台風で閉鎖していた大波上集会場にて、小坂、森田氏両氏のインタビュー映像と、高 川の《Ask The Self》の未収録映像を編集した短編映像を上映した。そこには、戦争体験を語 る二人と、《Ask The Self》の中で自己の絶望を語る高川という時間も空間も異なる両者の対 話が織り成されていた。
今後、高川は数年に渡り舞鶴でのインタビューやドローンを活用して旧日本海軍第三火薬廠 の記録を行う。また、東京や横浜においても、在日ラッパーの言葉や日記に鬱病の若者の日記 など、言葉にすることで生き抜くことを試みる人々へのインタビューを試みながら、新作の映 像作品を制作する。
舞鶴以外でもこうした高川の活動を紹介する試みとして、2018 年2月に、第 10 回恵比寿映 像祭の地域連携企画として、東京の NPO 法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト] にて、高川の舞鶴のリサーチに関するトークと映像の上映会を行う。そこには、関本氏を始め とするゲストを招き、対談も行う予定である。それにより、多くの鑑賞者に舞鶴の文脈ととも に高川の現在までのプロセスを共有し、次年度以降への議論を継続していく。
【AIT における第 10 回恵比寿映像祭地域連携企画報告会概要】 日時:2018 年 2 月 24 日(土)14:00-16:00 会場:NPO 法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト] スピーカー:高川和也、関本長三郎、堀内奈穂子 【舞鶴滞在期間】 2017 年 9 月 12 日—10 月 6 日 【発表期間】 期間:10 月 7 日—11 月 5 日 会場:大波上集会場 関連トーク:10 月 22 日(ゲスト:関本長三郎、小坂/森田氏)
舞鶴市大波上189-2
金曜14:00~17:00 土・日曜・祝日10:00~17:00 ※10/29(日)のみ閉場
□京都交通バス 朝来循環線「大波上」下車徒歩1分
□田井・野原線/三浜線「板硝子工場前」下車徒歩16分
※駐車場は大波上集会所の敷地内をご利用ください。
映像作家
映像作家
1986年熊本県生まれ。2017年LUCE合同会社入社。近年は同社にて広告の企画/制作、映像やテキストを扱ったプロジェクトの発表を行う。主な展覧会に「ソーシャリー・エンゲイジド・アート展:社会を動かすアートの新潮流」(3331
Arts Chiyoda、東京、2017)、「ASK THE SELF」(Tokyo wonder site 本郷、東京、2015)「screen」(HIGURE17-15cas、東京、2014)、「Kazuya
Takagawa soloshow」(3331 Arts Chiyoda、東京、2012)、など。
kazuyatakagawa01.businesscatalyst.com
NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]キュレーター
NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]キュレーター
エジンバラ・カレッジ・オブ・アート現代美術論修士課程修了。2008年より、NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]に携わる。AITでは、展覧会やイベント、トーク、企業プログラムの企画の他、教育プログラムM(Making Art Different)のレクチャラーを務める。ドクメンタ12マガジンズ・プロジェクト「メトロノーム11号 - 何をなすべきか? 東京」(2007)アシスタント・キュレーター、「Home Again」(原美術館、2012)アソシエイト・キュレーター、国際交流基金主催による展覧会「Shuffling Space」(GallerySeescape、タイ、2015) キュレーター、「Invisible Energy」(STPAUL St Gallery、ニュージーランド、2015)の共同キュレーターとして携わる。「アーカスプロジェクト(2013)、パラダイスエア(2015、2016)ゲストキュレーターを務める。