京都:Re-Search フォーラム 2017


2017.12.10

京都:Re-Search×福島:はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト フォーラム
会場:京都文化博物館 別館

「Re-Search」をキーワードとした、アーティスト・イン・レジデンス事業「京都:Re-Search」「大京都」を府内各地で取り組んでいく。これは、府内各地に眠る〝タカラ〞を掘り起こし、アートの〝チカラ〞を介して、新たな価値観の発見や発信へと繋ぐ、地域の文化資源を生かしたプログラム。アーティストの目や力を通して、地域を観察し、地域主体で文化芸術活動に関わる環境づくりを促進し、地域のポテンシャルや魅力をアートの視点から引き出していく。
本フォーラムでは、東日本大震災後、福島県立博物館が中心となって行っているアートプロジェクト「はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト」との共同開催により、それぞれの活動を通したアートが社会(地域)に与える可能性について議論が深められた。

地域‶に” 向き合う、地域‶と”向き合う
~アーティスト・イン・レジデンスから、未来に向けた対話~

    第一部

    「はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト」取組報告

    報告者
    小林めぐみ(福島県立博物館主任学芸員)

    東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故の後、2012年に「はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト」がスタート。福島県立博物館だけでなく、県内で活動するNPO、大学、他の文化施設と実行委員会を組み実施する事業である。福島県立博物館は比較的被害が少なかった会津地域にあるため、被災地が文化的な視点の事業を行う状況ではなかった中で、次第に重要となるだろう文化による支援事業の中核を担うべきではないかとの意識を持ち開始した。また、博物館という施設の性格から、故郷を離れた方たちの土地の記憶の記録、震災と事故の作品による記録も重要視してきた。福島で2011年やその後に起こったことを記録し、伝えていきたいという思いから、美術作家との協働を行っている。また、3年前からは、事業において制作された作品をもって県内外に福島県を伝える成果展を行っている。

    対談

    「福島に向き合う•福島を伝える」

    登壇者
    岡部 昌生(美術家)
    港 千尋(写真家/著述家/NPO法人Institute代表理事)
    モデレーター
    八巻 真哉(京都府文化スポーツ部文化交流事業課)

    岡部昌生氏と港千尋氏の15年前の出会いから、話はスタート。2009年福島県立博物館での展覧会に関わった2人は、その後いろいろな形で福島と関わって行く。3・11以降の2011年夏、京都精華大学で行った岡部氏の公開制作では、3・11の被災地の土を使うことで、被災地ではない京都と被災地域がどう向き合ったかを考察した。その翌年から、岡部氏が参加した「はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト」では、津波で押し流された防波ブロックや除染活動に伴う御神木の伐採といった被害と復興の現状をフロッタージュ作品によって記録する活動を長期的に実施。また、作品を核としたトークイベントなどで、被災地の人たちに向き合ってきた。同プロジェクトの制作地の一つとなり、港氏も同行した福島県石川町では、戦中に行われていたジルコニウムの精錬工場跡地を制作対象とし、福島のエネルギー史にまでテーマが深まったことを、感想や写真と共に紹介した。こうして福島と向き合ってきた2人は、地元の人が震災の教訓として新しく石碑を作ったことを元に、伝えること、記録することの大切さも語った。

    第二部

    「京都:Re-Search 2017 in 福知山&京田辺」、「大京都 2017 in 舞鶴」取組報告

    報告者
    八巻 真哉(京都府文化スポーツ部文化交流事業課)
    パネルディスカッション「地域とAIRとアートプロジェクト」
    登壇者
    中崎 透(美術家)、日比野 克彦(アーティスト)
    モデレーター
    藤 浩志(美術家/秋田公立美術大学教授)

    中崎透氏から、3.11以降、音楽家の大友良英らが行っている「プロジェクトFUKUSHIMA!」での「福島大風呂敷」のプロジェクトについての説明。福島県内で、一万人規模の野外フェスティバル「フェスティバルFUKUSHIMA!」を企画した2011年当時、まだ放射線量の安全性について分からない状況が続いていた。そのため地面に布を張ることになり、そのシートを作ることになった中崎氏は、建築家のアサノコウタ氏とともに全国の人たちから布を集め、地元の人たちと一緒に縫い、それをフェスティバル会場に広げた。このプロジェクトを「福島大風呂敷」と呼び、今なお毎年、全国各地で形や場所を変えながら「フェスティバルFUKUSHIMA!」が行われるたびに、中崎氏らが作った布は広げられているという。また、2010年に中崎氏がメンバーの1人であるNadegata Instant Partyが、青森県の国際芸術センター青森で発表した《24OUR TELEVISION》は、センターのボランティア有志の協力のもと、地元のテレビ局関係者、演劇やダンス関係者などと手を組んで、「一日限りのテレビ番組を作る」という大掛かりな作品を完成させることができたという。日比野克彦氏は、アーティスト・イン・レジデンスだけでなく、アーティスト・イン・ホスピタルやアーティスト・イン・インダストリーといったいろいろな場所にアーティストが入って行く必要性を強調した。日比野氏が2003年から参加する、新潟県の「大地の芸術祭 越後妻有トリエンナーレ」では、閉校になった小学校に入って行った。地元の人たちと一緒につくれるものを模索した結果、アサガオを育て始めた。毎年できるその種はその新潟だけでなく、日比野氏が展覧会を行う別の地域で蒔くたびに、新潟の人たちが駆けつけたり、アサガオの種を元にして新たな繋がりが生まれているという。こうした2人の経験談によるまとめとして、自身もアーティストである藤浩志氏から、アーティスト・イン・レジデンスやアートプロジェクトの有無により地域の文化格差が生まれていること、アーティスト・イン・レジデンスやアートプロジェクトを行う地域にアートコーディネーターが育ち始めていること、小学校や中学校といった学校教育にもアーティスト・イン・レジデンスやアーティストとの協働を組み込むべきであることなどが提言された。

    分科会

    「アーティストによる『滞在』と『制作』」

    ファシリテーター
    大澤 寅雄(ニッセイ基礎研究所芸術プロジェクト室/文化生態観察)
    小田井 真美(さっぽろ天神山アートスタジオAIRディレクター)
    総評
    菅野 幸子(AIR Labアーツ・プランナー/リサーチャー)

    小田井真美氏がアーティスト・イン・レジデンスとは何かを解説した。アーティスト・イン・レジデンスとは、アーティストが主体的に選んで、自身のプロジェクトや作品のために行くものであり、普段の拠点から離れ、一定期間他の場所に滞在することである。こうしたアーティストを受け入れるオーガナイザーからすれば、アーティストの社会的存在と意識を認め、人、資金、場のどれか、もしくは全部や一部を提供するサポートである。支援の成果としての作品や展覧会(アウトプット)をプログラム中に求めることは必須ではなく、プログラムごとに任意で設計を行うことができる。アーティストと同じくオーガナイザーも個人、単体、集団など多様である。現在「TransArtists」という世界で一番大きなデータベースウェブサイトでは、アーティスト・イン・レジデンスとは①同一のアーティストに複数回の滞在チャンスが与えられていること②有料宿泊施設ではないこと③招待制や連携プログラム等の限られたアーティストの為ではないこと④自国のアーティストに限定せず、広く国際的なアーティストを受け入れていること、がアーティスト・イン・レジデンスの条件として挙げられている。日本においては、1990年代に導入され、2000年以降、特に3.11以降のアーティスト・イン・レジデンスの定義は拡張している。例えばアートプロジェクトとアーティスト・イン・レジデンスの中間のようなものや、アーティストが経費を負担して移動・滞在することまでアーティスト・イン・レジデンスと呼んでいる。いずれの場合も、よそ者であるアーティストが滞在地域の住民に刺激を与え、アーティストのネットワークが構築されること、つまりアーティスト・イン・レジデンスとは、創造的環境のインビジブルな基盤整備に有効である。こうした状況下において、アーティストとオーガナイザーの双方が「やって良かった」と思えることが、アーティスト・イン・レジデンスの成功であると言える。続いて大澤寅雄氏から、シンポジウム聴講者向けに行うワークショップの説明があった。参加者は4〜5人のグループに分かれ、席に着く。アーティスト・イン・レジデンスとは何かを説明する文章を、単語ごとに分解し、「助詞を抜いて」作る。例えば「アーティストが作品を作る」という文章の場合、与えられた付箋に「アーティスト」「作品」「作る」といった単語を、名詞、動詞、形容詞・副詞で色が異なる付箋に書く。個人あるいはグループで作成したら、その付箋をシャッフルして元の文章とは全く異なる文章として並び替える。適当に組み合わされた文章がいくつかできたら、別のテーブルへ移り、テーブルの上にある文章について周りの人たちと話をする。さらに助詞や別の言葉を加えながら、新たな文章にする。そして最初のテーブルに戻る。
    こうした流れで作られた文章は、
    ・常識だけで対話する主婦が資源活用を生かす
    ・交わるがハプニングを育てる
    ・苦しみの井戸端会議に出掛ける
    ・景色が来る
    などが挙げられた。最後に大澤氏から、このシンポジウムのタイトル同様に、助詞にこだわってアーティスト・イン・レジデンスについての文章を作るというワークショップだったことが告げられた。前半の小田井氏の説明にあったように、アーティスト・イン・レジデンスの定義は拡張しており、説明しにくい活動でもある。そのため、このワークショップで協働で作り上げた文章のように、自由に発想しながら、立場の違いを越えて、目的や成果に対する認識の共通点や相違点を対話することが重要である。という話があった。